ロングインタビュー

【PART 2】予防医療のエキスパートから都政をめざすまで

――化学品メーカーの取締役・研究所長から都議会議員に転身したきっかけは。

私のバックボーンは化粧品、慶應義塾大学医学部との共同研究で培った医薬品、そして食品の研究開発なんです。

 

もともと食品は栄養源、化粧品は身体を健やかに保つものとされ、機能性より安全性が重視されてきました。ただ、近年は消費者ニーズの高まりと科学技術の進歩を背景に、化粧品や食品を対象とするヘルスケア産業では、効果効能(エビデンス)があるヘルスケア商品については、その効能をうたうことができるようになりました。

 

例えば、2015年に機能性表示食品制度が導入され、消費者庁の管轄で、食品も機能をうたってよくなりました。化粧品ではシワ改善評価方法が確立され、新たな新素材開発につながっています。


慶応大学出向時代

官民合同で「機能性表示食品制度研究会」ができて、幹事会社約10社の一員として議論を重ねました。業界利益の追求だけでなく、官民で連携して機能性表示食品制度をつくり上げ、ヘルスケア産業の領域拡大をリードすることができました。

 

国民の健康維持に役立ち、医療費削減につながる予防医療でもあります。有益な素材として海外に受け入れられれば、外貨の獲得、経済成長にもつながります。

 

 

「これが本当の仕事だ。政策によって多くの企業を束ね、一丸にすることができる。政治の側から一気に動かしてみたい」と政治を意識するようになりました。


――今では生活に身近な制度になりました。どのように進めてきたんですか。

会社では、統括責任役員として、健康長寿の実現に食品が重要になるとみて、三重県にある食品・医薬品メーカーをグループ会社化し、滋賀県にある研究所と統合するなどしました。

 

それをヘルスケア産業特化の研究所とし、初代の統括責任役員に就任したんです。それまでは、主に化粧品部門のグループ会社と、主に食品、医薬品を取り扱う別のグループ会社の研究開発部門は別々の研究所にありました。

 

医薬品は主に治療を目的としていますが、病気にならないための取り組みを担うのがヘルスケア産業と認識されつつありました。科学技術の進歩に伴うエビデンスの蓄積が進み、ヘルスケア産業が予防医療分野で貢献できることがわかりつつある過渡期でした。

遺伝子解析


私は健康維持・増進、予防医療の重要性を意識し、ヘルスケア産業は予防医療産業という新たな領域を拡大できると確信しました。日本は超高齢社会の真っ只中で、その時代の課題を解決してこそ果実が得られます。その思いを強くしています。

会社人としては、会社の持続発展の道筋をつけられるよう力を尽くしました。社会貢献としても意義は大きく、大変やりがいがありましたね。

――業界から国全体へと視野が広がっていったのですね。

増大する医療費をいかに抑えるかは、日本の財政の大きな課題です。それには予防医療を進めるためにも、機能性食品による毎日のケアで健康を維持してもらおう、と考えました。

 

国難というべき課題であっても、国も民間も一体になって対策を考えれば、もっと良くなります。民間企業だって、やればできます。企業にも、その時代の課題のソルーション(解決策)を見出し、社会のニーズ(要請)に応える責務があります。有識者も国のために頑張っています。官民が連携することの意義をリアルに実感しました。ステージを変えるために、政治の側に行って戦略的に予算を振り向けて民間を引き上げる取り組み、戦略性も必要だと考えるようになりました。

――研究職、研究所長としては、どんな実績を重ねたのですか?

例えば高ストレス社会の中で、進展しつつあった脳科学をベースとした研究で、ストレス抑制作用の評価に取り組みました。化粧品を使って「心地よかった」という感性評価を、光脳機能イメージング装置(fNIRS)という装置を使って数値化して明らかにしたんです。脳科学研究という新たな技術を用いて、感性価値を数値化することによって客観的判断ができるようにし、学問として学際領域を開きたい。そして産業発展につなげたいと考えていました。

野口英世は、情熱があっても当時は電子顕微鏡がなかったので、黄熱病を解明することはできませんでした。幸運にも、私、そして一緒に頑張った仲間たちは情熱をもち、最新技術も取り入れることができました。機器を開発していた島津製作所との連携で機器を支援してもらいました。大阪大学医学部を視察させてもらい、多くの研究者に会社で講演してもらうなど、産学連携を地道に進めてきた努力が実りました。

 

薬機法(医薬品医療機器等法、旧薬事法)では、化粧品は身体を清潔にするもの、皮膚などを健やかに保つ人体に対する作用が緩やかなものと定義されています。化粧品には絶対に副作用が起こらないよう、その医療的な働きがこの法律で規制されていますが、科学データの蓄積に伴い、その縛りがエビデンスベースで見直される時期が来ると考えていました。


そこで、化粧品分野の領域拡大を図るために新たな特許を申請しました。

一つ目は、脳の血流の状態(酸素化ヘモグロビン量)をモニタリングして、脳の活性化・沈静化状態を測る方法。二つ目は、化粧行為であるマッサージによる経穴(ツボ)刺激により、脳の血流の変化幅を増大させ、軽度な認知機能の低下を改善する方法です。どちらも、大学と連携して進めた研究成果です。

 

私は、高齢化に伴う健康上の2つの大きな課題を、認知機能の低下と運動機能の低下ととらえていました。この社会的課題の解決に強い思いがありましたので、二つに取り組むことで、携わっている化粧分野の領域を拡大し、新たな事業化への道を切り開こうとしました。会社から慶應義塾大学に研究員として派遣され、アルツハイマー病の根治薬開発で学んだことが生かせました。

――患者本人として、家族として認知症に向き合う人が増えていますね。

アルツハイマー病は認知症の67%を占めます。一度患うと、根本的な治療薬がない中で長期間生きざるを得ません。身内の方々にとっては介護の負担も大きく、第二の患者と呼ばれるほどです。根本的な治療薬をつくろうと命懸けで取り組まれている慶應大の先生方に共感しました。

 

アルツハイマー病の特徴は脳に老人斑が蓄積し、それが神経細胞を殺しているとする仮説が業界の大勢を占めていていました。私がお世話になった教授は、蓄積された老人斑そのものが情報伝達の機能を担っていることを明らかにされました。原因と思われた老人斑は発症の結果として蓄積されたもので、原因がほかにある可能性を指摘し、世界的な科学誌「サイエンス」に掲載されました。その発見はアルツハイマー病研究に一石を投じました。 


億単位の人命救済につながる根治薬開発をめざし、新たな生存因子を発見された先生方の信念から、「物事の本質的な課題を見極め、対処療法ではない根本的解決策を追求する」ことの重要性を深く学びました。そのことは、その後の私の人生に大きく影響していますね。 

――会社役員、取締役研究所長として、人材の育成と技術の蓄積、持続発展の道筋づくりにも尽力されたそうですね。

認知症研究の専門で、皮膚由来のタンパク質に神経細胞死抑制作用を発見した東京医科大学薬理学講座、関節リウマチなどの免疫疾患や骨粗鬆症などの運動器疾患に対する新たな疾患制御に代表される新しい学際領域「骨免疫学」を切り開いた東京大学医学部免疫学講座に、それぞれ寄附講座を開設させていただきました。

 

それぞれの研究室に社員を研究員として受け入れてもいただきました。そのうちの1人が今年3月、東大医学部で博士号を取得したことは、本当にうれしい出来事でした。4月の緊急事態宣言前に会う機会があり、喜びを分かち合えました。

一緒に化粧分野の領域拡大に取り組んだ中堅社員を研究所長とし、新たに首都圏に研究所を2015年につくりました。今は会社を離れましたが、持続的な発展に向けて、技術蓄積と人材育成が進んでくれればと願っています。

 

化粧品・食品・医薬品の研究部門を一手に引き受けたこともあって、社外の多くの事業体との交渉や連携が始まり、社内制度の改善など、数えきれない改革に取り組みました。今も当時のメンバーや社長との交流は続いています。次のステージに円満に送り出していただいたことに本当に感謝しています。

――健康長寿社会に向けた今後の課題は。

専門家訪問の様子

東京も「2025年問題」に直面します。「団塊の世代」が75歳以上の後期高齢者になり、「団塊ジュニア」が高齢者に近づきます。病気になる人も増えてきます。明るく乗り切れるよう対応したいですね。それには、病気にならないようにするのが重要です。

 

病気の予防に寄与する食品、化粧品分野のいわゆるヘルスケア産業の育成を都に訴え続けてきました。東京都は、少子高齢化や健康志向の高まりの中、ヘルスケア産業を成長産業ととらえ、2020年4月、都立産業技術研究センター内にヘルスケア産業支援室を設け、新たに化粧品開発の支援を開始しました。2021年4月には既存の都立食品研究センターを統合しました。


施設を視察した際に、国の法律である薬機法の規制に対し、新たな技術開発(浸透性評価)が試みられていることを知りました。エビデンスベースでヘルスケア産業の持つ機能性の拡大を追求する、東京都らしい取り組みを心強く感じました。いつか薬機法の改正に寄与するエビデンスが蓄積され、健康長寿TOKYOにつながる成果創出、特長的なウェルネス産業の発展などの取り組みを、都民にだけでなく国内外で喜ばれるよう、しっかりサポートしてまいります。

 

また、医学博士、客員教授、会社役員として積んできた経験を生かし、予防医療、受動喫煙対策にも尽力したいと考えています。がんにならない健康長寿社会を都民の皆様と一緒につくり上げるために、今後も精いっぱい取り組んでいきます。